JCI2011石川TOYP大賞

2011の受賞者



□今井 豊(いまい ゆたか)
□1977年7月23日生 34歳
□活動地域/珠洲市
□分野/地域活性
2009年
農業研修で2週間珠洲に滞在後移住
2011年
能登里山マイスター取得
2011年
すずたまクリエイティブ・ファクトリー設立(広告デザイン)
自生するからし菜を「和マスタード」に加工し商品化
2011・12年
体験ツアーを企画し年2回実施
2013年
ブログを通じてポーランドの学生より依頼があり能登を案内する
国連大学を通じてフランスのケーブルTVより依頼があり、
能登半島のドキュメンタリー番組のコーディネートをする


《現在の活動内容の詳細と、その活動にたずさわるようになった経緯》

能登のファンになってもらいリピーターを作る為に観光とは違った里山里海文化の体験ツアーを企画し、年2回実施。能登の案内としてポーランドの学生やフランスのドキュメンタリー撮影のコーディネートをされました。里山里海の濃い文化の残る能登は非常に貴重で魅力的であり、デザインの仕事で20代をカリフォルニアで生活し、東京の会社員生活を経て珠洲へ移住してきたからこそ分かる客観的な目線で外から来る人に伝えてゆきたいと思い活動されています。

《ふるさと石川を活性化するための創意工夫や独自性(独自性)》

 能登は祭りや伝統工芸、食文化など、貴重でユニークな文化を持った地域であるとともに、人口の減少、流出が非常に激しい地域でもあります。「珠洲の宝の玉を掘り起こし、磨いて世に送り出す」。人々には当たり前すぎて経済性があるとは思わなかったそういった「もの・ひと・こと」に光を当て、発信することが新しい地域経済の発掘・交流人口の拡大・さらには定住人口の拡大にもつながります。

《新たな挑戦(将来性)》

 HPやブログを見て珠洲にきましたと声をかけてくれる人々もいるので、体験ツアーと移住者クラブの充実を図りたい。また、自分の仕事(デザイン関係)も活かし、珠洲の宝を発信していきたい。2013年から珠洲市の広報の1ページも担当しており、地域の人には当たり前な「もの・ひと・こと」に光を当て能登のすばらしさを発信していきたい。

《周りの人や地域への影響(人間力)》

 今回国連大学を通じてフランスのケーブルTVがドキュメンタリー撮影にこられましたが、フランスのテレビを能登に連れてこれたのは、私が彼らと交渉し、能登の素晴らしさを伝えたからです。いくら能登が素晴らしい場所でも、彼らの要望を汲み取り、案内出来る人材がいなければ、恐らく他の地域を探したと思います。また、能登のそれも珠洲を中心とした生活や文化が、一時間番組でフランスとその周辺諸国に放送されることはとても大きなことではないかと思います。

《ふるさといしかわを活性化するための創意工夫》

 外から来た自分の見る目線で、良いものは良いと言い続けています。例えば、からし菜は元々土手に自生していたもので、地域の人たちが摘んで食べていただけの植物でした。これが商品になるという考えがそれまではなかったのです。こうした「モノ」に限らず、この地域にある当たり前の「もの・こと・ひと」は外から来た人々には大変魅力的です。今、何がこの能登の強みとなるのか。そういうことを伝え、人々の意識を変えてゆくことが自分の役割であると思います。   

《夢・目標(心意気)》

 このすばらしい環境と、すばらしい人々のいる奥能登のファンを増やし珠洲を「人が集まる場」にしたい。ここでしかできない「もの・こと・ひと」を発信していきたい。自分が珠洲の暮らしを楽しみ、同じ楽しみを共有する人たちの輪を作り、そしてその輪にいつでも新しい人が入れる環境を作っていきたい。そんな場を作れるポテンシャルが珠洲には十分あると確信しています。


□川原 伸章(かわら のぶあき)
□1977年4月27日生 36歳
□活動地域/輪島市・全国
□分野/新農業
2000年
大学卒業後 家業に就農
2001年
有限会社 川原農産 設立 専務取締役就任
2005年
「石川県農業青年グループ連絡協議会」会長就任(任期一年)
2010年
県内の10件の農家でアンテナショップ「風土金澤設立」理事就任
2011年
輪島の漆器屋等と合同会社輪島産業会館設立 理事就任
2012年
奥能登の7つの農業生産法人と「煌輝奥能登株式会社設立」
取締役就任


《現在の活動内容の詳細と、その活動にたずさわるようになった経緯》

 当初、実家の農業を引き継ぐつもりはありませんでしたが、祖母が体に鞭を打ちながら働いている状況を見かねて帰郷しました。最初は全くの無知識の状態で、農業に取り掛かりましたが、現実は過酷でした。不安定な収入、ましてや仕事の内容に魅力を感じられない状況がありました。しかし現在はそれらを乗り越えて、県内外合わせて7人を雇用する会社を運営しています。農業に職業としての「安定」と「魅力」を創出し、次の世代に農業を伝えていく活動をしてます。

《ふるさと石川を活性化するための創意工夫や独自性(独自性)》

 輪島市外(金沢市)や石川県外(大阪府)からも現在雇用をしており、その方たちに地域独特の耕作方法や加工品のノウハウを教えつつ、平均年齢が70歳にも届こうかという地元の農業従事者の後継的存在として育てていくことが、何より石川県のそして日本の農業が抱えている諸問題を解決する突破口になると信じています。単純なコストカットのみに着目した効率化による解決では質の低下は免れません。このことを県内外にアピールし続けていきたいと思います。

《新たな挑戦(将来性)》

 現在農業を続けていく中で、将来確実に大きな問題となるのは人材である。明日来ていきなり明後日からできるような仕事ではない。同族への相続すらままならず、荒廃していく地方の農地を耕し継承していく為には、そこに住み耕作していく人間が必ず必要となる。

 農業=不安定な収入を払拭する為に、安定した雇用の創出を図るために、平成21年から加工部門をスタートさせ、強化してきた。農家だからできる原材料からの生産加工は他の食品製造業ではできない強みである。また、小さな農家がやる加工だからこそ、小ロット生産が可能であり、近隣の農業者からの委託製造も受けうる体制を作り、奥能登の農業基盤の強化を進めていこうと考えている。

《周りの人や地域への影響(人間力)》

 地続きの耕作地帯で一部でも休耕地が出ると、害虫が発生して近隣の田畑へ飛び火し、農薬の使用量が増え、収穫コストが増加し、その一方収穫は減る悪循環をたどる。その様な負の循環を食い止めるために休耕地を借り受け、その維持と継承に会社として取り組み、社会に還元するシステムを構築すると同時に、ビジネス面からも健全なモデルを作りだすことが、地域のそして石川県の農業従事者にとっての新たな活路を開くことにつながる。

《ふるさと石川を活性化するための創意工夫や独自性(独自性)》

 農業とは「命を育み命につなげる」仕事である。その「農業の面白さ」に気付いてもらいたい。その為には農業に携わりやすい環境づくりが必要である。一つは住居の問題である。周囲にアパートもない地域では借家の交渉を行うのだが、空き家でも見ず知らずの人間には家を貸す住民は皆無であるのが現実である。そういった他の地域から来た方々と地域住民の橋渡しも含めて地道な活動をおこなっている。先人より受け継いできた耕作地の維持・継承に「新たな血」を求めていこうという取り組みは地域に活力を生み出している。  

《夢・目標(心意気)》

 保守的な考えを持つ方々が多い地域において、急な「改革」は受け入れられがたいが、緩やかな「変化」として、県外からの社員の雇用を行うなどの取り組みを通じて一子相伝的な閉鎖的な現実を打破し、外に向けて発信することで、地域の農業人口が増加し、より上質な生産物をより安定して供給し、命をつないでいくことが「目標」。子供がなりたい職業として「農業」と言ってもらえるような魅力を創出してゆくことが「夢」である。


□木村 千裕(きむら ちひろ)
□1988年7月9日生 24歳
□活動地域/石川県全域
□分野/金沢素囃子
1991年
初舞台(3歳)
2000年
南京での中国芸術祭において日本代表として金沢素囃子に参加任
2011年
東京芸術大学 音楽学部邦楽科 邦楽囃子専攻 卒業 2012年 国立劇場にて長唄協会定期演奏会初出演


《現在の活動内容の詳細と、その活動にたずさわるようになった経緯》

 曾祖母から代々続く邦楽一家のなかで生まれ育ち、自然と伝統芸能に触れ合う中でこの道に進むことを決意しました。桜丘高校を卒業後上京し、2011年東京芸術大学邦楽科を卒業致しました。現在は邦楽演奏家(主に邦楽囃子方)として、石川を中心に様々な土地で演奏活動を行っております。 また、金沢市の運営する金沢素囃子こども塾の講師も務めています。

《ふるさと石川を活性化するための創意工夫や独自性(独自性)》

 時代とともに石川県という土地が育ててくれた石川の伝統芸能。高齢化が進むなか、若い世代に若手邦楽演奏家が活動をアピールすることで次代の観客層や次代の演奏家が育てられ、石川県民が石川の文化を見直すきっかけに、さらに他県へ石川の良さをよりアピールできることにつながると思っております。 金沢素囃子こども塾での活動も、巣立っていった子供たちがきっと未来の邦楽界を明るく照らしてくれるだろうと期待しています。

《新たな挑戦(将来性)》

 従来の古典演奏はもちろんのこと、新しい表現のひとつとして、創作の舞台にも積極的に関わらせて頂いております。世界的にも有名な、芸術選奨を受賞されたコンテンポラリーダンサー、森山開次さんとも二度共演させて頂き、ダンスとの共演・洋楽器と和楽器の共演は貴重な経験となりました。また、このような舞台は普段伝統芸能に縁遠いお客様にも興味深く足を運んでいただく機会となり、大変うれしく思っております。

《ふるさと石川を活性化するための創意工夫や独自性(独自性)》

 金沢に残る茶屋街文化、そして受け継がれている金沢素囃子は、全国的にも誇れる質の高さです。三茶屋街の芸妓が一堂に会する秋の金沢おどりは、他県からも外国からもはるばるお客様がいらっしゃる一大イベントへと成長致しました。まもなく北陸新幹線が開通致しますが、この文化を全国に発信することで石川県の魅力として観光に貢献できると信じています。時代は変わりゆき伝統芸能も伝統工芸も後継者が少しずつ減りゆく傾向にありますが、私はこの街から伝統の灯というものを消してはならないと強く感じております。

《夢・目標(心意気)》

 「敷居が高い」と思われがちな伝統芸能を石川の皆さまにより身近に、より親しみやすく感じてもらいたいです。そのために自分が率先してこの裾野を広げ豊かに成長させていきたい、そして自分自身も伝統芸能という一音楽の演奏家として、絶えず新しい邦楽のありかたにも挑戦し成長していきたいです。芸の道にゴールはありませんが、少しでも誰かの記憶に残る演奏ができるようになりたいと思っています。

 


□七浦 禎蓮(ななうら ていれん)
□1974年11月12日生 38歳
□活動地域/輪島市
□分野/観光ボランティア
    (インバウンド事業)
2009年
「石川県多文化共生推進員」就任 「輪島市日本語教室」設立
石川県国際化推進委員会委員」就任
2010年
「輪島案内人HP」中国語や英語で輪島塗や観光を世界へ発信
2011年
「輪島市観光協会観光案内人」「金沢大学地域コーディネートサポート」
2012年
いしかわ観光特使に就任。第一回「侍SAMURAIお花見ツアー」開催
2013年
「能登の花ヨメPROJECT」花ヨメメンバーとして能登の魅力を紹介
2013年
「日本中部・北陸運輸局昇龍道プロジェクト春夏秋冬百選選定委員」就任


《現在の活動内容の詳細と、その活動にたずさわるようになった経緯》

 今から18年前、観光業について学ぶ理由で来日しました。結婚を機に輪島へ引っ越した後‘07年能登半島地震に遭い、過疎地に潜んでいる問題点を日々見つめるようになりました。工芸、観光、文化、食などの良い資源があふれる輪島をもっと世界の人々に知らせたいと考え、経済向上に繋がるように、地域の住民と連携しながら、インバウンド事業に歩み出しました。更に、言語力を生かしながら、輪島や日本と外国への橋渡しもしています。

《ふるさと石川を活性化するための創意工夫や独自性(独自性)》

 「灯台もと暗し」自分の故郷の良さを当たり前に思い、その価値に気付かないことはよくある話です。しかし、“余所者”の私は良い所をどんどん発見出来ます。日々の生活から石川県の魅力を探し出し、在住外国人目線で世界へ発信して、石川の観光・工芸・文化や食などに興味がある人々へ伝えることが石川県を訪ねるきっかけ作りにつながります。「金沢大学地域コーディネートサポート」への参画や「日本中部・北陸運輸局昇龍道プロジェクト春夏秋冬百選選定委員」としての活動も行っています。

《新たな挑戦(将来性)》

 インバウンド事業に取り組んでから3年、外国からの問い合わせが増えてきました。それと同時に見えてくる根本的な問題点は、地域の受け皿が不十分という問題です。『輪島市の宿泊情報&周囲との交通情報』の“多言語化”が出来ていないため、海外からはインターネット検索ができず、旅行プランの組み立てが非常に難しいとのことで、私へ連絡をくれる方が非常に多いです。そして、外国語ができない理由で、宿泊施設も外国客の受入を戸惑うので、宿泊を断ることが多いようです。もっと自由に旅行ができるようにさせたいという思いで、輪島の外国人専用宿泊予約窓口を立ち上げ、近辺交通網の時刻表多言語化をしたいと考えております。但し、これは一個人の私にはとても難しいので、輪島観光協会や宿泊施設組合などのご協力を頂いて取り組みたいと考えています。

《周りの人や地域への影響(人間力)》

 観光立国を発表した日本の中で、山と海に囲まれている石川県は特に観光資源が豊富です。日々の生活から石川県の魅力を探し出し、在住外国人目線で世界へ発信して、石川の観光・工芸・文化や食などに興味がある人々へ伝えることが日本を訪ねるきっかけ作りにつながります。そのため、地元住民と共にインバウンドに必須な条件である多言語環境の整備や心構えなどについて外国人受入れのベース作りを継続的に行っていきたいと思います。

《夢・目標(心意気)》

 少子高齢化の輪島においては伝統工芸の伝承問題や販路開拓など、様々な課題があります。自分が行う活動が地域の人々の励みとなり、新しい流れを生み出し、経済向上に繋げることが「目標」です。そして、私の活動を通じて次の世代へ自分達の故郷の美しさ、良さを理解してもらって、郷土愛を育て、大人になっても地元の為に頑張りたいという気持ちを育むことが「夢」です。海外への橋渡しも行い、あらゆる交流を深めたいと考えております。


□古川 真美(ふるかわ まみ)
□1975年2月16日生 38歳
□活動地域/珠洲市
□分野/地域活性
1993年
県立工業デザイン科卒 加賀友禅作家「百貫俊夫」に師事
1996年
珠洲市の古川商店(パン屋さん)に嫁ぐ
「 白山美里物語」開始
いしかわ女性のチャレンジ賞受賞
1996年
珠洲市の古川商店(パン屋さん)に嫁ぐ
「 白山美里物語」開始
いしかわ女性のチャレンジ賞受賞
2002・03年
小学校等で読み聞かせ。民謡・伝説の紙芝居を作成
いしかわ女性のチャレンジ賞受賞
2009年
自社店舗横の空きスペースを交流の場として活用しはじめる
2011・12年
能登いきものマイスター・能登里山マイスター取得
2013年
発酵食大学にて、石川の発酵文化について学ぶ


《現在の活動内容の詳細と、その活動にたずさわるようになった経緯》

 金沢より奥能登珠洲市に嫁ぎ、能登の素晴らしさを実感する。都会の子が休日は家族と自然体験をすることが増えている今日において、田舎である珠洲の子の方が、実は自然体験が少なく、身近な植物やいきものに関しての興味関心も薄いことに着目。わが子の子育てをきっかけに、自身のネットワークを生かし、小学校で能登の魅力を体感する企画を実施。地域との交流を図りながら能登の里山の素晴らしさを伝えることに力をそそぐようになる。

《ふるさと石川を活性化するための創意工夫や独自性(独自性)》

 環境や食への意識が高まる中、それらのことを総合的にプロデュースし能登のパン屋として、また一地域住民として、まず自身ができることから動き行動することは、地域に少しでも活力を与えることにつながります。パン+αを伝えられるお店であり、自分がそのような人であることは珠洲で生活していくうえでとても重要なこと。そういう一人一人の活動や志は、地域の元気の源になり、大きな活力になります。

 いきものマイスターとして能登を伝え、パン屋として能登を運び、里山マイスターとして能登を繋げて行きたい。

《新たな挑戦(将来性)》

 現在、発酵食大学で石川の発酵文化について勉強中です。石川県は発酵食文化が非常に素晴らしい地域です。砂糖を使用せず「麹」を使って甘みを出すなど、ここで学んだ知識で企画もの焼き菓子やパンを考案中です。また、地元有志によるフリーペーパーを作る企画も実行中。

《周りの人や地域への影響(人間力)》

 能登大納言小豆を使ったあんパン「つやこさん」がISICOのこだわりパングランプリで最優秀賞に選ばれ、大阪でのイベント「旨し、美し。金沢・加賀・能登展」に出展。
 「黒糖コゲパン」をきっかけに珠洲の塩を使用したラスクやクッキー、大浜大豆のきな粉を使用した商品など次々と焼き菓子の種類も増え、道の駅や県内外に販売している。

 店舗横のスペースの活用では「地域の人も立ち寄りやすく、能登の思いが通いあうスペース」を目指し、「ハジメテ展」によりさらに地域の人々との関係が広がった。

 

《夢・目標(心意気)》

 昔から古いものや、自然が大好きでした。新しいものがありすぎる現在において、珠洲へ来て昔の原点を見ることが大切であると気づく。2014年に自社店舗の建て替えを予定しており、新店舗では「能登でのあたりまえの生活」というテーマの元、衣食住の原点を伝えるパン屋を目標に、里山ワークショップをはじめ、移住者の方や、地域住民、他企業との協働による企画を考え、交流人口の拡大につながるよう頑張りたい。